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ありがたいお天道様

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月18日(日)21時31分20秒
  ずいぶん冷えこんだ。
陽ざしは明るいから布団やマットも干す。この時期、雨さえ降らなければ毎日干す。わたしは洗濯はあまりしないで、日光消毒または風消毒だ。エコーでしょ。
寒い陽射しの中でも、福寿草や蕗の薹は健気に花開いている。元気がわくよ。
 
 

エアロバイクの復活

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月17日(土)20時01分58秒
  きょうは久しぶりに家でエアロバイクをした。
接骨院の先生に「歩きすぎないように」と言われて、あまり歩かないようにしているのだけれど、なかなか治らないから、歩くのは2000歩以内にした。しかし、それだと、運動不足で眠れないし、食事がうまくないから、エアロバイクの復活!

家でやるのは十年ぶりくらいかなあ。使わない間、物掛けにしていたけど、やはり本来の目的に使われた方がバイクとしてもいいよね。30分ほどこいだ。ゆっくりやったのに、汗をかいた。足も痛くない。とにかく、足が元気に復活してくれますように。
 

春味

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月16日(金)20時07分3秒
  きのうは春のようなあたたかった。
庭に福寿草が咲き、ふきのとうがぱあっと蕾をひらいた。採るのはもったいない。しばらく鑑賞してから蕗味噌を作ろうと思った。
きょう、久しぶりで畑友のところへ桜餅を持っていったら、自分で作った蕗味噌をくれた。相棒は「甘いね」と言ったけど、まぎれもなく春の味だった。
 

ブチ

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月15日(木)20時03分41秒
  このごろ、大きなブチネコがうちに来て、エサを食べていく。
だいぶ慣れたのか、ブチは食べた後濡れ縁で日向ぼっこをしていく。ネコがリラックスしている姿を見ると、いやしになるね。
猫缶詰もドライフードも少なくなったので、ホームセンターへ買いに行ってきた。きょうは春のような暖かさだったけど、さすがホームセンターにはまだ春蒔きの苗はなかった。
 

宮古島ツアーその2

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月14日(水)16時10分42秒
      ハプニングも楽し、宮古島ツアー
                     ~標的の島、宮古島をたずねて~
               2018年2月5~7日
1 出発時のハプニング

 出発直前までわたしはツアーをキャンセルしようかと迷っていた。
 右足の甲が腫れて(打撲)痛くて思うように歩けなかったからね。ふだんは歩くのが大好きなのに皮肉。けれど、相棒(夫)から痛み止めをもらい、こういう機会は今しかないという思いがつき上げてきたので、早朝6:40に相棒に車で我孫子駅まで送ってもらった。       宮古島

 羽田空港に着き、ANA航空の受付で、ツアーの目印の青い旗を探すが、どこにもない。そのうち、去年の辺野古ツアーで知り合ったOさんとばったり会い、いっしょに探した。旗はなかったけど、それらしき集団がいた。やはり、宮古島ツアーの人たちで、あと、団長さんをふくむ3人がまだとのこと。団長さんが旗を持っているんだって。見当たらなかったわけだね。
 スマホ交信でたいへんな事態がわかった。遅れている三人は電車を乗り過ごし、9:15のフライトには間に合わないとのこと。団長さんがチケットや重要書類をすべて持っているので、もう一人のリーダー・SさんがANAに交渉して集まっている14名分のチケットを確保した。
 ところが、機内に乗りこんでいる途中に、乗り過ごした3人が到着し、同じ機に乗れることになった。(出発10分前に到着)ほんとうは、もう時間だからダメと言われたのだけれど、団長さんが、「わたしがすべての重要書類をもっているので、乗せてください」とゴリ押しして、ようやく乗せてもらったそうだ。ゴリ押しした団長さんの熱意はさすがだ。しかし、飛行機はふつう30分や1時間はすぐ遅れるのだから、ダメと言う方がおかしい。この機も15分遅れてスタートしたけど、団長さんたちのせいではないと思うよ。

なにはともあれ、これで17名の総勢がそろってめでたし。乗れなかった場合、次の機に乗ることになっていて、那覇から宮古島へ乗り継ぐから、わたしらの機より3時間ほど遅れることになっていた。このハプニングのおかげで、一行はキンチョウが解けた。ある人いわく、「これで、集合におくれても大目にみてもらえるね」わたしもそう思ったけど、口には出さなかった。

2 「野原(のばる)部落」へ
那覇空港で乗り継ぎ、宮古島へ。
 宮古島は周囲100Km、面積204K㎡、島民54,000人、一番高い山が106m。
 宮古島は、地元の人も、「生まれて初めてくらいめっちゃ寒い」という気温だった。滞在三日間、千葉と同じあったかい服装で通した。持っていった薄着は出番がなかった。まあ、東京も何十年ぶりという寒さだったらしいからね。
 迎えてくれた清水早子さんからくわしい説明をしてもらった。清水さんにはずっと3日間つきそってもらい、行った先々で詳しい説明をしてもらった。ほかにも市議会議員の男性や地元で頑張り続けている女性や若い市議会議員の女性の方たちから話を聞いた。

 3年前、沖縄防衛局から「自衛隊の宿舎ができる」程度の説明だったのに、今や、どんどんショベルカー・重機・大型トラックなどが入り、ヘリパッドや射撃場までつくられるらしい。それで、住民が「わたしたちの人権はどうなるのですか?」と問うと、「人権てなんですかね」とこたえるご粗末さ。
 松本前内閣府副大臣が相つぐヘリの事故に、「それで何人死んだ!」とやじったのとまったく同質で、国民(沖縄人)の命など取るに足らぬものと思っている本音だ。しかも、彼は沖縄北方相も経験したことあるのに、ひどさを通りこして、言葉の「犯罪」だよ。
 今まで、25年間メロンづくりをしてきた農家の人からも話を聞いた。すぐ近くにある自衛隊の司令塔と、工事現場にはさまれて、日本各地でも観測されないほど高電磁波におおわれているという。

3 沖縄慰霊の碑
 戦時中、宮古島には3万人の兵隊が送られ、いっしょに慰安婦の女性たちが連れてこられた。少なくとも17か所の慰安所がもうけられた。ふつうの民家の一室であったり、ほったて小屋のような急づくりの場所など。
 わたしらに説明してくれたKさんのおばあちゃんの話によると、若くてきれいな女の人たちがいて、唐辛子をもらいに来たって。小さな子にはやさしくて。粗末な慰安所の前には、ふんどし一つの兵たちがずらりと並んで順番を待っていたんだって。
 ところが、敗戦の8月15日の前夜には、兵たちと慰安婦たちがかき消すようにいなくなったそうだ。

 慰安婦たちの魂をなぐさめるために碑が建てられている。(2008年建立)
『女たちへ』と『アリランの碑』だ。ふたつの碑には、「日本軍による性病力被害を受けた一人ひとりの女性の苦しみを記憶し、全世界の戦時性暴力の被害者を悼み、二度と戦争のない平和の世界を祈ります」という碑文が12か国語で刻まれている。(中国・台湾・グァム・インドネシア・マレーシア・韓国・ミャンマー・オランダ・タイ・フィリピン・東チモール・オーストラリア・ベトナム・日本)

4 離島差別
 千代田に巨大な「球状のたてもの」が『準天頂衛星管理局』(内閣官房宇宙開発局所管)によって作られつつあった。「内閣官房」だから「官邸」が直接やってることだよね。衛星『みちびき』と7か所の『準天頂~』が呼応してアメリカの軍事施設と連携すると、今までは数メートルあった誤差が数センチになるという。表面上はGPS機能とか言ってるが、いつでも軍事施設に転用できる。
 また、下地島(宮古島の隣りにある小さな島)に3000mの滑走路が作られつつある。そんな広大な滑走路は沖縄本島にもない。F35も飛ばせる。

南西諸島(与那国島・石垣島・宮古島・沖縄島・奄美大島・馬毛島)に水陸起動団の運用やミサイル部隊・空自レーダー基地・射撃訓練場・オスプレイ乗り入れなどが想定されていて、中国を仮想敵国にした一大要塞にされようとしている。こんなものがあると、標的にされるにきまってる。標的の口実にもなるし。まさに「標的の島」の映画がよみがえってくる。
 これらの島々がふたたび捨て石にされようとしていると、清水さんたちは切々と訴えた。

 沖縄本島の辺野古のことはメディアがとりあげて多くの人に知られているが、宮古のことはほとんど取り上げてくれない。離島差別をうけているとおっしゃった。ふだんは3~4人で工事中のフェンスやショッピングセンターの前で訴えていて、むなしくなることもあるそうだが、今回はわたしら17人がいっしょにシュプレヒコールをしたり歌を歌ったりしたことをたいへん喜んでくれた。
 ツアー17人の中に松戸歌声サークルの会長さんがいらっしゃった。沖縄に関係したお手製の歌詞カードをみんなにくばり、きれいな声で歌声をリードしてくれた。強力な助っ人で頼もしかった。

 三日目に工事車両が出入りするフェンスの前で抗議行動をしていた時、宮古毎日新聞の記者がきて、写真を撮ったり話を聞いたりしていた。この記事がちゃんと新聞にのりますようにと祈った。

5 人頭税(にんとうぜい・じんとうぜい)
 宮古島や八重山に課された大変きびしい税金についてもくり返し説明された。働きや男女・障害などに関係なく頭割りで税金をとられる。世界でも最も過酷な税金だという。江戸時代に薩摩藩が琉球王朝に重税を課し、琉球王朝が宮古島などに税金の取りはぐれがないように課した税で、島の人々はすべて税の支払いのために生きるという奴隷のような人生だったそうだ。
 明治になっても続く人頭税廃止のために立ち上がった先人が多くいて、激しい弾圧の中、命がけでたたかい、国会に直談判し、とうとう1903年に廃止が決定されたという。

6 宮古ショッピングセンター前でアピール
 大通りではあるけれど、人の姿はあまりない。車はけっこう通っていた。その向かい側の歩道で一時間ほど入れかわり立ちかわりマイクを持ってアピールした。『宮古島新基地NO!』のゼッケンをつけ、A3の大きさのプラカードを持って。左右から走ってくるドライバーによく見えるように角度を変えながらね。
 ほんのたまに、わたしらに手をふってくれるドライバーがいて嬉しかった。ドライバーが振る前に、清水さんや仲間たちが必死にフレンドリーな笑顔で手をふっていたのだけどね。
 とちゅう、「なにか、しゃべって」と、わたしにもマイクを向けられたが、「しゃべるのがほんとうにへたで苦手なのでゴメン」とことわった。けれど、そのあと、しばらくマイクが空いていた。わたしは(ここへ来たからには何かできることをしなくては)という気になり、思い切ってマイクを持ち、腹の底から声を出してしゃべってみた。
「わたしは千葉県我孫子市から来ました。宮古島にやってくる自衛隊は、宮古市民を守りません。いっしょに立ち上がって反対しましょう。おわり!」
 この間、1分足らず。プラカードの文言がよかったので、マネしただけなのだけれど、仲間のおじさんが笑って拍手してくれた。「短くてわかりやすい。おわり!がよかった」って。思いがけず拍手をもらってうれしかった。終わって車に乗りこんだ時、同乗の仲間たちに、「わかりやすくてよかったよ」とほめられた。すごく嬉しかったけど、これからもマイクをにぎることあまりないだろうな。

7 宮古上布
 宮古島伝統工芸センターも見学した。
 機で織った宮古上布は丈夫で涼しそうだった。トンボの羽のように軽く、糸はしなやかで強く通気性に富んだ最高の夏衣だそうだ。かわいい小袋もあっておみやげにしたかったが、帰りの電車賃が足りなくなりそうであきらめた。
 外に出た時、清水さんから「団長のSさんが入院した」と聞いた。血圧のせいらしい。よくある状況で、だいじをとって入院したとのこと。それでもびっくりした。そういえば、Sさんは宮古島出身で、同級生が少し前に亡くなり、きのう?おくやみにもいってきたそうだ。それでなくても、このツアーの準備はたいへんな労力だったから心身がつかれていたに違いない。
 また、Sさんの妹さんや従妹さんが二日間手作りのお菓子を差し入れしてくれた。そんなこんなの気配りはたいへんなものだ。
 いっしょに全員がかえれるかどうか心配したけれど、最後はSさんも病院からもどって合流でき、ほっとした。

8 にぎやか車中
 一行17人は4台の車に分乗して島内をまわった。わたしが乗った車には5人の女性たち。みなさん、ユーモアがあって口がワルく、ちょっとしたことで容赦なくこきおろしては爆笑していた。最後は「ここだけの話だよ」と口止めしあって。おばさんたち(わたしもりっぱなおばさん)のしゃべりはほんとうに楽しいね。
 伊良部島への長い橋を車で渡るとき、きれいなコバルトブルーの海が見えた。みんなが「きれい、きれい!」を連発していた。みなさん、感性ゆたかなんだなあと感心した。

9 たのしい宴
 一日目の夕食は「竹」という居酒屋だっ
た。車で10分ほどの場所。楽しく飲んだり食べたりした後は代行車を頼んだりした。おおいに盛り上がったせいか、お金が足りなくなり、あとで徴収(1000円)。めったに来れないところだから、たくさん飲むのも支援かな。
二日目はホテルの近くの飲み放題の酒場。ボラの揚げ物がすごく旨かったが、食べきれないほどだった。さいごに、実行委員の人たちが、「地道に反対運動を続けている清水さんたちと知り合えてほんとうにうれしく感謝している」というようなことをしみじみとおっしゃっていた。最後は、地元の人たちの話と歌。それに踊り。みんなで歌っておどった。となりの席の客人が帰った後でよかった、よかった。


☆わたしは痛み止めを飲みながらの旅で、岬や博物館などには行けなかったけど、ふつうでは味わえない貴重で心に沁みる旅になりました。
心にきざまれた体験をこれから生かしていきたいと思います。ツアーの実行委員の方々に深く感謝しています。
☆文中、聞き違いや誤りがありましたら、ご勘弁。










 

お見舞い

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月12日(月)21時12分42秒
  朝、相棒と畑友の家へお見舞いに行った。ご夫君が脳梗塞で倒れ、もう意識がもどらない状態だそうだ。それなのに、わたしが足が痛いと言ったら、すぐにお灸を教えに来てくれたのだよ。
彼女はわたしらに、「もう帰ってくることはないから、彼の部屋を見て行ってね」と言った。二階に二部屋あって、パソコンや大きなプリンターや事務机がところ狭しとならんでいた。隣の部屋では「九条の会」やいろいろなイベントで頼まれた冊子や看板があった。すべて自分でつくっていたらしい。ほかに、英語の副読本なども扱っていたし、音楽プロデューサーなどもしていて非常に多忙だったらしい。あまり寝なかったり、食事もまともに取らなかったり。おまけにタバコまで吸っていた。彼女は「血液がもうドロドロ状態だったのよ」と悲しそうだった。
もう少し、なんとかならなかったものかと切ない気持ちになったよ。
 

おとなしく

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月11日(日)21時04分24秒
  穏やかな一日だったけど、足が痛いので、パソコンを打ち続けた。肩がこったよ。  

買い出し

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月10日(土)20時45分0秒
  海藻類がなくなったので、相棒と隣町の総合卸売市場へ買い出しに行った。
わたしは右足の甲を打撲しているので、そうっと歩いていたよ。
わかめ・素焼き海苔・刻み海苔・日高昆布と小豆・餅・高野豆腐・とろろ昆布・鮭ハラスなど買いこんできた。これで当分(三か月くらい)安泰さ。
 

お灸体験

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 9日(金)20時16分6秒
  きょうは自分でお灸をやってみた。
丸い小さなせんねん灸に火をつけ、患部におく。火が消える前にもぐさを少し乗せて煙がたなびくようにした。慣れないと燃えているもぐさを肌に落としたりする。
きのうAさんは二か所にやってくれたが、二か所はすぐ火が消えたりして難しいので、一か所をゆっくりやった。30分くらいやった。急に痛みが消えるということはないけれど、どのくらい続けたら、治ってくれるかなあ。

午後、マツモトキヨシへ行って、せんねん灸を買ってきた。もぐさは売っていなかったので、注文した。Aさんは接骨院などで電気を通したりしたらいけないよと言ったが、わたしにはどちらがいいかわからないので、試してみるのよ。

ちなみに、Aさんはほとんどの病気をお灸で治しているらしい。少し前、病院で転んで痛めた膝もお灸で治したと言ってみせてくれた。足全体がひどく腫れたらしいが、すっかり治っていた。
 

お灸ためし

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 8日(木)20時40分21秒
  さむ~い沖縄の宮古島から帰ってきたよ。
「こんげえ寒いのは生まれて初めて」と島の人が言ってた。わたしは寒さより右足が痛くてあまり歩かないようにしていた。せっかくのツアーだったけどね。前日、わたしの代わりに行ってくれそうな人を考え、電話しようと思ったくらい。
きょうはさっそく近所の接骨医院へ行ってきた。「歩きすぎないように。こんどはギブズになりますからね」と先生に言われた。

畑友達の連れ合いさんが脳梗塞で倒れ、最後を自宅で看取ろうとしていると聞いた。電話したら、「森下自然医学」の雑誌がほしいとのこと。森下医学なら連れ合いさんを助けられるかと「藁にもすがりたい思い」だったらしい。
それで、うちへ雑誌を取にきてもらったら、ついでにわたしの打撲した足にお灸をしてくれた。いろいろな心配でそれどころじゃあないのにね。
気のせいか、足が軽くなったような。しばらく、お灸を試してみよう。
 

エコ祭り

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 4日(日)20時32分53秒
  友だちに誘われて、近くの市民プラザへ「エコ祭り」を見に行ってきた。
9のブースに「石鹸づくり」「エコな生活」「地産地消の農業」「おもちゃ図書館」などの場があり、それぞれクイズ問題もあった。クイズを全部解くと、おみやげがもらえる。わたしは生のジネンジョをもらった。自分で作ったあわ石鹸ももらってきた。ほかに用があったので、ゆっくりできなかったけど、いいイベントだったよ。
 

「ばばばあちゃんと私」(さとうわきこさん)講演会

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 3日(土)20時58分1秒
  さとうわきこさんは小柄でおしゃれなおばあちゃんという感じだった。
体が弱くて長く生きられないだろうと思われていたので、なにをしても怒られなかったそう。だから、奔放に育ったのだろうか。男の子のように木登りや天井裏を這いずり回ったりして遊んだんだって。青大将をつかんで頭と尻尾をひものようにのばしたり。

お父さんは毎日新聞の記者だったけど、さとうさんが10歳の時結核で亡くなった。さとうさんも腎臓の結核になって片方切ったら、もう片方が大きくなって二つ分の働きをしてくれているとおっしゃった。

近所に牧野富太郎さんという大植物博士がすんでいらっしゃって、植物の話を聞けたそうだ。自分はいろんな人との出会いにめぐまれ、ここまでやってこれたと繰り返しておっしゃった。たしかに恵まれて面もあっただろうけど、自分でつかもうとしていないとするりと逃げられちゃうよね。さとうさんは「女性が自立して生きる強い女性像をめざしてきた」とおっしゃったけど、まさに、そういうばばばあちゃんたちが描かれてきたと思う。

今は長野県の諏訪湖の近くに住んでいる。田舎はいろいろな行事が多くて、特にご先祖をうやまう儀式が多く、童話を書きかけても途中になってしまう。けれど、墓参りしながらご先祖さまのことをその時だけでも思い出すのはいい。さとうさんの義父義母ももうすぐ100歳になるが、まわりも100才がごろごろしていて、ひと月に何回もお葬式があるそうだ。

「ばばばあちゃん」は自分の母親がモデルだって。夫をなくし、二人の姉妹を一人で育てるのは大変だっただろうから、当然たくましくなるよね。今は、義父が面白い人なので、こんど『じじじいちゃん』を書こうと思っているそうだ。


「ニュータのぼうし」の絵を、当時、売れに売れていた和歌山静子さんに絵を描いてもらったが、気に入らないので、自分でも絵を描き始めた。と、和歌山さんの悪口を堂々と言ってたけど、今でもちゃんと彼女と付き合っているらしい。

とにかく、さとうわきこさんは飾らず素朴で正直な感じの人だった。
30分くらい喋ってから、舞台の袖口を見て、「もう終わりかね」と聞いた。担当者はあわてて「あと、45分あります」だって。そのあと、2回「もう終わりにしていいかね」と聞いていた。
プロジェクターで舞台に大きく、講演の要点や絵本の写真がちゃんと用意してあって、まだ終わってないのにね。とにかく、えらぶないで感じよかった。早く長野へ帰りたいという気持ちがありありだった。
 

『ソーリ』(濱野京子)

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 2日(金)21時20分49秒
  さぶ~。
きょうは高崎へ行く予定だったけど、雪のため延期。仕方ないね。無理はよくないし。
代わりにリクエストしていた本が入ったそうで、図書館へ行って借りてきた。『ソーリ』(濱野京子)照波(女の子)は保育園で七夕のたんざくに「そうりだいじんになりたい」と書いたら男子にからかわれて、消極的になってしまった。しかし、高学年になるに従い、だんだん人のためにがんばりたいと思うようになる。小学生の変に同調しがちな人間関係が「あるある」と思わせ、一気に読んだ。
 

火災警報!

 投稿者:のら  投稿日:2018年 2月 1日(木)20時34分14秒
  今朝、6時半ころ、いきなりピーピーピーという音がした。
布団の中でよく見たら、わたしが寝ている部屋の火災報知機が鳴っているのだった。部屋には煙は見えなかったので、あわてて、どこか煙でも出ているかと思い、階段やキッチン・リビングなどを見にいった。煙はない。外も点検した。きのう、風呂釜の調子が悪くて火がつかなかったから。なんでもなかった。

そのうち、相棒の部屋からもピーピーピー! 階段からもピーピーピー!
どうしたものかと電話帳を見て、警察相談9110にかけてみた。「時間外です」とのこと。
よほど、119番にかけて相談しようと思ったが、火の気がないのでやめて、相棒に電話した。「報知器の電池切れだよ」とのこと。

3つの報知機を外し、電池を入れ替えようとしたら、新しいのに交換せよと書いてある。
とりあえず、音がうるさいので報知機の紐を引っ張ると、いったんやんだ。3個とも不燃物の袋にほうりこんだ。

しかし、その3つは夜になっても定期的にピーピーピーと鳴っている。うるさくて仕方ないから、使っていない冷蔵庫に入れた。少しは消音になるかと思ってね。けど、近くにいるとやはりうるさい。なんてこった。
 

おたおめ

 投稿者:かも@店長  投稿日:2018年 2月 1日(木)09時54分13秒
  お誕生日おめでとうございます!!  

手が焼けるヤツ

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月31日(水)20時49分29秒
  チビ猫の目薬には手を焼いている。チビはかしこくて、薬のために抱くと察して暴れだす。
ふだんは丸く気持ち良さそうにしているのに。チビをバスタオルに包んだり、ネットに入れたりと工夫しているけどね。まあ、でも、手の焼ける対象がいるのはいいね。あまり、おりこうさんだと気持ち悪いよ。
 

タグが使えないなあ

 投稿者:かも@店長  投稿日:2018年 1月31日(水)19時30分32秒
  実験  

(無題)

 投稿者:かも@店長  投稿日:2018年 1月31日(水)19時12分58秒
  <fontsize="5">実験
<fontcolor="rainbow">だよ
 

朝のしきたり

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月30日(火)20時23分57秒
  みなさん、冷凍庫の日々が続きますね。
血行を良くするためにストレッチをがんばってますか?
わたしは朝起きたら、温風機をつけてから、まず足の指を一本ずつぐるぐる回し、次に足首を回します。
次に、階下に降りて、うがいしたり歯茎のプラークをとってからキッチンやリビングの雨戸を開けます。すると、チビネコが外から飛び込んで、わたしの部屋へドドドっとかけあがります。チビは温風機が大好きなのです。
わたしはジャーのご飯の天地返し(ていねいにかきまわすこと)をし、仏前にご飯をそなえます。
それから、また部屋へもどって、ゆっくりストレッチをするのです。開脚や腹筋・ひざの筋トレ・ヨガなど。ここまで起きてから一時間くらいかかります。
それで、やっと全身の目がさめ、血流がよくなって敏捷な行動ができるのよ。
 

すごい人

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月29日(月)20時19分33秒
  新聞「赤旗」は今年で創刊90周年だそうだ。
その社会欄に出ていたのだけれど、81歳の武井良一さんという男性が今も走って新聞を配達しているそうだ。現在まで46年間、日刊紙と日曜版を走って配達しているんだって。
武井さんは走ることが好きで、家計の支えに新聞配達をしていた少年時代から走ることが好きだったそう。
中学校を卒業後、電気関係の企業に就職。高校・大学と夜学で学び、「生徒が納得できる教師になろう」と、26歳で中学校の技術課の教師になった。ホノルルマラソンや日本縦断マラソンにも挑戦している。すごいね。ちょっとマネできそうもないけど、敬服するよ。
 

野菜の受難

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月28日(日)20時13分40秒
  午後、畑へキャベツや山葵菜を採りに行った。
今年は格別に寒く、キャベツがほとんど成長していない。青々していた山葵菜も凍ってしおれている。大根だけは大丈夫だ。この冬は野菜が高いが、農家の人も消費者もたいへんだ。地球温暖化をみんなが自分でできる努力をしていかないと、ますます大変になっていくだろうな。
 

寒い問いは歩こう

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月27日(土)20時28分40秒
  冷え込みが続いているね。じっとしていると寒いので、午前午後と2回歩いたら、14500歩になった。今夜は安眠できるかな。  

急患

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月26日(金)20時54分0秒
  おとといから歯茎が腫れ始めた。
まだそれほど痛くはないが、放っておいても治らないのは今までの経験で学習した。歯科医師にも「なるべく早い方がいい」と言われている。仕方がないので、朝、急患として電話でお願いした。

さて、夕方、診察台に上がったら、先生が「奇特な人がいて、予約をかわってくれたんですよ」とおっしゃるではないか。誰かと思ったら、アシスタントのKさん。自分も治療を受けたかっただろうに。

朝、わたしが電話でうちの事情を話したせいか、「じゃあ、午後5時に来てください」と言ってくれたのだ。普通なら「先生がいらしてから、診療時間を電話します」というのに、さっさと自己判断で言ってくれたのは、自分の予約の分だったからなんだ。Kさん、ありがとう!
 

寒波

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月25日(木)20時14分45秒
  朝起きたら、部屋の温度が一度。この町へ引っ越してきてから一番低い。
きょうはジムの日だったが、なんとなく疲れたので、水泳はふだんの半分くらいにした。
チビネコは、片目が見えているかどうかわからないけど、元気は取りもどしてきて、夜は寒い外で過ごしているんだよ。
 

聖仁会病院

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月24日(水)20時45分56秒
  聖仁会病院はわりあい新しい。
わたしが20年くらい前に入院したことのある松戸市立病院に比べると、廊下が二倍くらい広くて壁や床の色調も明るい。大部屋も4人(M病院は6人だった)で部屋内の洗面所も広くてきれいだ。引き出しやテーブルもきれいで便利。まあ、新しい病院だから当然なのかな。
 

行き違い

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月23日(火)20時29分34秒
  相棒と病院へ電車で行こうとした時、相棒がまちがえて160円の切符を買った。それでわたしが駅員に聞いて140円のを買おうとしたら、相棒が「これでいい!先に行っちゃうよ」と怒った。
わたしは20円でも直さないと気がすまないので買いなおした。それから急いで、ホームへ降りたけど、相棒は見つからなかった。雪で遅れていたので電車は発車してなかったはずだけど。

けど、よく考えたらホームがまちがっていた。我孫子駅はホームが4本もあって紛らわしいのよ。それから正しいホームへ行ったけど、相棒はいなかった。電車がもう来たかどうかわからない。

結局、10分待った電車に乗って、天王台駅まで行き、はるばる病院まで20分歩いて到着したら、相棒が「20分前に着いたよ」と自慢げだった。

相棒が改札口でわたしを待っていて、わたしがホームを間違えなかったら、いっしょに乗れた可能性が高い。相棒のための病院行きで、相棒が切符を買い間違えたのに、わたしはずいぶん心配したあげく、自慢されたよ。
 

夜の雪かき

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月22日(月)20時40分9秒
  関東にも4年ぶりの積雪だ。
あしたは早出だから、今夜のうちに少し道路の雪かきをした。こういう時、今まではよその家の人たちがどんどん雪かきをしていたけど、きょうはわたしだけだった。斜め前の家の男の子がお父さんと玄関へ雪を見に出てきたくらい。
わたしは30分ほどで切り上げた。明日の朝はどうなっていることやら。とにかく、凍らないでほしいよ。
 

やさしい畑友達

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月21日(日)20時37分31秒
  あしたは雪が降るかもしれないので、きょうのうちに畑へ行って、青菜を採ってこようと思った。とちゅう、畑友達のKさんの家へ寄った。しばらく会っていなかったからね。
すると、Kさんは古毛糸をほどいて巻いていた。また、靴下や帽子を編むらしい。編んだものは友だちに惜しげもなくやっている。やっぱ、手編みのものはあったかいよね。
わたしも古い手編みの半纏があったのだが、もう着ないと思い、資源にだしてしまった。もうちょっと置けば、Kさんにあげられたのに。

あと、Kさんはサツマイモを茹でてほしていた。黄金色をしてすごくうまそうだった。わたしのもの欲しそうな目を見て、「帰りに寄りな」と言ってくれた。寄ったら、パックにいっぱい干し芋を入れてくれた。Kさんはいつも惜しげなくくれる。帰ってから食べてみたら、コクのある甘さがなんともいえないほど旨かった。Kさん、ありがとう!
 

大寒の味噌づくり

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月20日(土)20時53分41秒
  2年ぶりに味噌づくりをした。
大豆2キロ・麹2キロで、味噌が8キロくらいできる。大豆は一昼夜浸してから圧力なべで煮た。それをつぶしてから麹と塩にまぜる。

とちゅう、麹の混ぜ方で相棒と言い争いをした。
そのすぐあと、わたしがふきんなどを洗っているとき、後ろでガッシャーンという音がした。みると、8リットル入りの大甕の蓋が割れている。相棒が大豆に麹を混ぜていたので、ぬるぬるした手でつかんで落としたのだ。まだ新しい甕でぴかぴかしてるのに。

きっと相棒はいらいらしながら蓋をつかんだに違いない。洗い物をしていたので、きれいな手のわたしは、「一言いえば、わたしがふたを持ちあげたのに」と言ったが、後悔先に立たず。いっしょに仕事してるときはケンかするもんじゃあないね。

今回はカビがわかないように塩を大豆の3割にし、ニンニクも入れてみた。楽しみ。
 

病院までのコース調べ

 投稿者:のら  投稿日:2018年 1月19日(金)20時23分56秒
  来週、相棒が入院する病院の近くの駅まで歩いてみた。行きは常磐線の北回り。とちゅうまで山沿いでさびしく、駅近くは車が多くてあぶなかった。それで、帰りは南回り。凸凹歩道で歩きずらかった。所要時間はどちらも40分強。う~ん、やっぱ、電車で通うかなあ。電車でも駅まで15分ずつかかるから、40分強だけど、安全だからね。  

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