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幽霊の姿の真相

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 6月27日(水)14時50分15秒
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  夏になりますと毎年のように、テレビでは幽霊や心霊などを取り上げた特集番組が始まります。こういった涼しげな番組も暑い夏ならではの流行なのでしょう。

 さて、昔から幽霊の姿には3つの特徴があると伝えられています。
 それは、①後ろ髪が長く、②両手を前にして伸ばし、③足がないことです。
 このことについてある先生は、「後ろ髪が長いのは、過去を引きずって生きている姿であり、両手を前に伸ばしているのは、未来に夢を追いかけている姿であり、足がないのは、今の事実に立っていない姿である。幽霊とは、過去や未来に目を向けて、大切な今の事実を見失っている私たちの生きざまを示しているのではないか」といわれました。

 現実を逃避した過去や未来は幻想でしかありません。全ては今という一瞬一瞬にこそ生きているのです。実にそのことを教えるための手立てとして幽霊の姿が伝えられてきたのかもしれません。
 ですから、幽霊を外に見て怖がることよりも、生きている私たちこそが幽霊となっていないかを心配すべきなのでしょう。
 毎朝、誰でも鏡を見られると思いますが、その時に、もし「うらめしや」と不満そうな顔が映ったならば、それこそ本物の幽霊ではないでしょうか。
 

お盆の心

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月21日(木)07時55分13秒
編集済
   毎年、お盆になりますと、全国各地から故郷へ帰る人々の大移動がはじまります。
 遠くに離れて暮らしている人は、この時期になりますと故郷に帰り、お内仏(お仏壇)にお参りをし、お墓参りをし、お寺参りをするなどして、私どもに先立って亡くなられた方々を思い起こし、自らの命の歴史に手を合わせます。また、親兄弟・親戚・友人との懐かしい出会いもあり心休まる時を過ごすことでしょう。

 さて、俗にお盆になると「亡くなった人が帰ってくる」といわれます。ですから、地方によっては迎え火・送り火などの風習があるのでしょう。
 しかし、実際に帰ってくるのは遠く離れて暮らしている「生きている人」です。

 実にお盆を迎えるということは、私たちに先立って亡くなられた方々を偲び、親子兄弟など縁ある人との命のつながりを再確認して、私にまで届けられた命の重さ深さを思い起こす大事な時と場所を「生きている私たち」が頂くことなのでしょう。
 だから、先達は、私たちの命を生き生きとした命に回復するための手立てとして「お盆には亡くなった人が帰ってくる」とあえて言われたのかもしれません。
 ですから、本当に帰らねばならぬのは「生きている私たち」です。日頃、忘れている命の故郷(浄土)にこそ帰る時なのです。
 

永代経の心

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月13日(水)22時04分55秒
   永代経といいますと、世間一般には、亡き人のために、お手次寺に永代経志(お布施)を上げて御経を永代(永遠)にわたって上げてもらうことと考えておられる方が多いかと思います。
 もちろん、形としては確かにそういうことです。しかし本来の意義(願い)から見れば、もし、それだけで終わってしまうとするならば、非常にもったいないことであるということになります。
 といいますのも、永代経とは、「亡き人を縁として如来のみ教えに出遇う」ということだからです。如来のみ教え(仏法)は、決して亡き人だけのものではありません。
 今を生きる私たちにこそ必要なのです。実はそのために、私たちの御先祖は永代経を上げるという形を示し残して、御経を子孫に伝えようとされたのです。悩み苦しみ多き私たちは、誰にも代わってもらうことのできないこの身を、たった一度きりのこの人生を、空しく終わらせることのないようにという願いから仏法を聞く縁をつくられました。それが永代経法要の始まりです。
 仏法を聞くことによって開かれる功徳の中の一つには「何事も当たり前のことなど一つもない」ということに気づかされるということがあります。
 それは、あとから振り返ってみれば「何でもないようなことが幸せだったと思う」という形でしみじみと感じられてくることでもあります。
 ですから、仏法を聞くということは、何も特別な人間、特殊な能力を持った人間に変身するのではなく、人間本来のいのちの大地(浄土)に帰らせていただく歩みだと思います。そこにおいてこそ初めて深く豊かな人生が開かれてくるのではないでしょうか。
 

親鸞聖人からのメッセージ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月 8日(金)07時19分22秒
   私たち真宗門徒にとって、日々の「おつとめ」に用いられる「正信偈」は数あるお聖教の中でも、もっとも親しまれている聖典といえます。
 正信偈は、宗祖親鸞聖人が作られた七言百二十句の偈(うた)ですが、その一番最初に「帰命無量寿如来」とあります。
 私は、この一句に出会うとき、ある人の詩を思い出します。それは、ある女性の方が書かれた「命の根」という詩です。たぶん、この方はご両親を失って、独りきりになり、生きるべき意味をも見失い、深い悲しみの中で途方にくれた日々を過ごしておられたのでしょう。そんな中から生まれた詩のようです。

 「私の命は、私ひとりのものでなく、おとうさん、おかあさんのものです。
 そして、おとうさん、おかあさんのものだけでなく、それぞれの、おじいちゃん、おばあちゃんのものです。
 それはまた、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんのもので、もちろん、ひいひいおじいちゃん、ひいひいおばあちゃんのものでもあります。
 だから、粗末になんかできますか、不幸になんてなれますか、命の根は、いま私に託されているんです。」

 実に「帰命無量寿如来」とは、「無量寿」という、はかりなき「いのち」に帰れ(目覚めろ)という親鸞聖人からのメッセージではないでしょうか。
 

現実に立つ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月 5日(火)00時46分48秒
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   それは、今から10年程前の出来事です。
 ある斎場で、お通夜を勤め終えての帰り、目の前を通りかかったタクシーをひろい乗りました。運転手の男性は五十代ぐらいでしょうか、袈裟衣をつけた私の姿を見てすぐに親しげに話しかけてきました。「最近すごく毎日が楽しいんですよ」と。私は「何がそんなに楽しいんですかね」と聞くと、「実はですね・・・」と、これまでの御自身の歩みを次のように語られました。

 『私は、今はタクシーの運転手をしておりますが、この仕事をしてまだ一年ほどです。この仕事をする前は、繁華街に居酒屋・スナックなど数軒のお店を経営してたんです。従業員も何十人か使ってました。しかし、良いときばかりは続きませんね。いや、ただ単に私に経営者としての才能が無かっただけかもしれませんがね。いろんな悪いことが思いがけなく次から次へと重なって、結局、全てのお店を手放さなくてはいけないことになりました。そして今まで築き上げた財産を全て無くし、多くの借金だけが残ったんです。そのときはもう駄目だと思いましたよ。一家心中でもしようかと思い詰めたこともありましたよ。しかし、妻と子供のことを思うと、とてもそんなことはできないし、もし私だけが死ねば、残された妻と子供は地獄を見るだろうし、自分がしっかりしなければとなんとか思い直しました。
 そんなとき、ある友人から「タクシーの運転手をしてみないか」と言われたんです。しかし、私は「タクシーの運転手なんか」と最初は気が進まずに断っておりました。ところが、そうも言っておれないので、この仕事をする決心をしたんです。ですから、最初は嫌でしょうがなかったですね。なぜ私が運転手をしないといけないのかと、変なプライドがあったのでしょうね。運転手の自分に納得できませんでした。
 しかし、続けるうちにだんだんと思いが変わってきました。毎日、いろんなお客さんを乗せて走っていると、様々な年代・様々な職業の人といろんな話しができる。世間話のみならず時として、家庭・職場・社会・人生などについても話し合うことができる。その中で、なるほど本当にそうだなぁと思うことも多々ありましてね。つくづく、自分は今まで思い上がって生きてきたんだなぁと思うんです。しかし、そういった話を聞くのが楽しみになってきたんです。ただ、まだ多くの借金が残ってますけど、借金は友達として付き合っていこうと思ってます』と。

 誰においても行き詰ることはあります。時として絶望することもあります。そんな時、なかなか現実を受け入れられないものです。
 しかし、どのような思いであったとしても、すべては現実に立ったところからしか始まらない。現実に立つことができれば、おのずと歩き始めるのでしょう。
 

真宗は迷信との戦い

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 6月 2日(土)23時18分32秒
  いつの時代でも、人間の迷いの数だけ迷信が生まれます。
 そして時が経てば、なおさらのこと「昔からやっている」、「みんなしている」という理由で当たり前のように何の疑問もなく行われていることが多いです。
 その一つに「四十九日が三月にまたがるといけない」というものがあります。これは、四十九日(始終苦しみ)が三月(身につく)という語呂合わせからきている迷信です。だから、三月にまたがるといけないから、四十九日を早く切り上げて勤めなくてはいけないといわれたりもします。
 特に日本人は、こういった数字の語呂合わせに弱いですね。それだけ不安や恐れが大きいのでしょう。実に迷信というものは、この不安や恐れが作り出してきたのです。
 しかし、よくよく考えてみれば、亡くなった日がその月の中旬以降になれば、四十九日は必ず三月にかかってしまうんです。だから、どうしても三月にかかってはダメなんだということになれば、これから私たちは「月初めに死ななければいけない」ということになってしまいますが、そんな器用なことはできません。
 人間は、生まれる時も死ぬときも決められないんです。その時を「良い」とか「悪い」とかいって何とかしようとすること自体おかしなことです。
 また、こういった迷信にとらわれてしまいますと、中陰の法要が表向きは「亡くなった人のため」といいながら、実は「生きている人の都合のため」の法要にすりかわってしまいます。

 ただ不安や恐れというのは、尽きることはありません。何故なら苦しみは身につくものではなく、本来から備わっているものだからです。私たちは、苦しみの中にこそ生まれてきたのです。だからこそ道を求める心が育まれるのでしょう。
 求道(道を求める)とは何も特別なことではありません。問いをもつことが仏道の始まりでもあり命なんです。
 

住職としての聞法

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月29日(火)23時48分4秒
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   一般的に、聞法といいますと、具体的にはお寺の法要でお説教を聞いたり、研修会・学習会などの場に参加をして講師の先生からお話を聞いたりするのを聞法といっております。
 しかし、住職にとって本当の聞法は、そういうことだけではないんでしょう。
 もっと大事なことがあるんです。
 それは、同行(門徒)の皆さんの声をどれだけ聞いているかということです。お参りをしてますと、いろんな声を聞き様々な思いが生じます。
 しかし、その声の奥底にある問いかけや叫びや願いなどに、どれだけ眼を開いているのでしょうか。耳を傾けているのでしょうか。
 実に、住職としての聞法は同行(門徒)の声を真向かいになって聞いたところから始まるのでしょう。
 

ホームページは、現代の御文

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月27日(日)22時33分39秒
   今から500年以上前に、蓮如上人(本願寺第8代住職)は、多くの「御文(手紙)」を書かれて、真宗の教えをやさしく民衆に伝えられました。
 これは今では当たり前のように、法事などの儀式の一部分として形骸化しつつありますが、当時としてはとても画期的なことであったと思います。
 今も昔も、教えを聞くためには、まず、お寺参りをして直接お説教を聞かせてもらうのが常識と考えておられる方が多いのではないでしょうか。
 実に「御文」による教化というのは、その常識を破っていったのでしょう。いつでもどこでも誰でも「御文」があれば教えに出会うことができると。
 つまり、お寺という特別に限られた場所や時間に左右されず、日常の生活の中で教えを聞くことができるようにされたのが、蓮如上人の大きなお仕事であったと思います。
 そのようなことを思いますとき、その時代その時代にあった手段・方法が考えられるのでしょう。
 もし、現代に蓮如上人が生きておられたなら、きっとホームページも作られたのではないでしょうか。

 直接的な関係あるいは出会いというのは限られており限界がありますが、間接的な関係は、やり方次第で無限に広がります。
 ただ、同時に多くのリスクを伴うことは覚悟しなくてはなりません。しかし、やりがいはあります。
 蓮如上人のことを思うとき「昔の人はすごかった」という昔話で終わるのか、あるいは「自分も蓮如上人のように生きよう」とするのか、それは大きな分かれ道です。
 

報恩の生活

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月25日(金)22時28分18秒
   今回は、四日市市桜花台の柴田徹さん(58歳)にお話しを伺いました。
 柴田さんは、JSR四日市工場で27年間、ゴムの研究開発に携わり、その後は単身赴任で東京や大阪に勤務しておりました。しかし、両親の介護に専念しようと、定年前の55歳で退社を決意し帰ってきました。
 その後、母親がグループホームに入所し、回復の兆しを見せて介護に一区切りついたことから、「介護の経験を生かせて人の役に立つことをしたい」と、車いす専門のタクシーを思いついたといいます。
 当時、三重県では、車いすのまま乗せられる介護タクシーといえば、大手のタクシー会社が移送サービスのひとつとして行っていたぐらいで、それもちょっと走れば1万円くらいの料金が必要で、あまりにも高すぎるため経済的弱者にはとても利用することができないことに深く疑問をもたれたのがきっかけで、「車いすの方が気軽にタクシーを利用して、行動範囲が広がる一助となれば」と願い、他県での介護タクシーなどを地道に調査し、ついに開業するメドがついたといいます。
 その頃、市役所に開業の届けをしたところ、市役所の責任者から「そんなことができるのですか?」と言われたぐらい三重県や四日市市では珍しく新聞にも掲載されました。
 そして、ようやく2003年7月に、自宅を利用して有限会社「ウエルアイド」を設立し、車いすでも利用できる介護タクシーを始められました。
 料金を普通タクシーより安く設定し、名古屋のAJU車いすセンターの四日市支部として一般的な車いす、リクライニング型車いす、電動車いすや電動ベットを無料で貸し出し、利用者の便を図っています。
 現在では2人の運転手を雇い、3台の介護タクシーを所有しています。また乗降時の介助もしようと、ホームヘルパー2級の資格を取るほか、全身性障害者ガイドヘルパー・視覚障害者ガイドヘルパー・精神障害者ホームヘルパー・福祉用具専門相談員などの資格も取得されたそうです。そして、訪問介護事業所の許可も受けられ、通院などで外出に困難な方への介助も始められました。さらに、年中無休で24時間いつでも、電話があればすぐに駆けつけるといいます。

「決して儲かるような仕事ではないけど、人には喜ばれるなと思ったのが原点です」と、柴田さん。
 また、お話しの最後に「子どもの頃、大好きだったおじいさんが亡くなったとき、野焼きの小屋の中で焼かれる姿を目の前で見たのがあまりにも怖くて衝撃的で今でも鮮明に覚えているんです」と言われた言葉がとても印象的に残りました。
 きっと、死という現実を子どもの頃から直視してきたからこそ、死ということから自分の人生を見ればいったい何が残るのか、何が本当に大切なことなのかを探し求めてこられたのではないでしょうか。
 

原点に帰る

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月22日(火)17時46分22秒
   浄土三部経の中の仏説無量寿経に「従果向因」という言葉があります。これは「果より因に向かえ」という教えです。それが仏道であるといわれます。
 「果」というのは結果です。個人でいえば成績や地位などです、会社でいえば業績でしょう。ですから、結果は私たちが追い求める一代関心事であります。
 しかし、結果のみに囚われていると大事なものを見失いますよというのが、「因に向かえ」といわれている心です。つまり「原点に帰れ」「原点を忘れるな」ということなのでしょう。
 このことについて、ある人のことを思い出します。
 それはバブル絶頂期の頃、多くの企業は株や土地などに多額の資産を投資し運用利益を上げていたとき、ある一つの会社だけは、そういったことに手を出さなかったといいます。それは「トヨタ」という自動車メーカーです。当時、財務部長であった奥田さん(元経団連会長)は、その理由についてこう語ったといいます。「そもそもトヨタの本業はモノづくりです。本業に専念することが大切です。もし私が冷暖房のきいた部屋で資産を投資し、たとえ何億利益をあげたとしても、一方では工場で油にまみれて汗水たらして働いている人がいる。その人たちが知ったら、自分たちのしている仕事が馬鹿らしく思えてくるでしょう。そんなことになるとトヨタのモラルが低下する。」
 このエピソードを聞きまして、やはり一流の人は見ているところが違うなと思いました。当時の浮かれた時代状況に流されずに、たえず「因」である本業に目を向けていたからこそなのでしょう。
 そういう意味では、因というのは「本業」であると同時に「志」・「願い」・「出発点」・「原点」でもあるのでしょう。。
 私たちは時として、ひたむきに前に進むことだけに囚われて、気がついたら帰るべきところを見失っていることがあります。
 忙しいときだからこそ、立ち止まって振り返ることが必要なのではないでしょうか。
 

我が身を照らす言葉

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月20日(日)19時42分6秒
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   昔、南極大陸で越冬隊として働く一人の若い青年がいました。彼はその当時まだ新婚で遠く離れた日本には愛する妻と幼い子供がいました。
 南極での任務は、とても苛酷で肉体的にも精神的にも耐え難いものであったようで、逃げ出したくなるような思いをじっとこらえながら日々を送っていました。
 そんな中、彼は時として、何もかも捨てて日本に帰りたい、帰って妻と子供に会いたいと何度も思ったといいます。
 しかし、その度に自分だけ任務を放棄して帰るわけにはいかないと思い直して、悶々とした日々を過ごしていました。
 そんなある日、彼に日本から一通の電報が届きました。それは妻からの電報でした。
 そこには、わずか三文字の言葉「ア・ナ・タ」であったといいます。
 それを見て、彼は涙したといいます。たった一言の「あなた」に込められた妻の思いを受け取ったのでしょう。

 このエピソードによって知らされることは、人間は願いが込められた言葉と出会うことによってこそ、我が身を照らされ、私という存在を深く知らされるということです。
 そんなとき、どれほど困難な状況であろうとも勇気をもって力強く生きていく大きな支えとなることでしょう。
 そして同時に、願いが込められた言葉に出会うということは、私たちが生きていく中でどれほど、かけがえのない大切なことであるかを思わずにはおれません。
 人は、たった一言に笑い、涙し、傷つき、励まされ、感謝する。時には、その一言が人生すら変えてしまうことがあるんですから。
 

恩を知る心

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月19日(土)21時33分9秒
   世間ではよく、親が子に対して「人様に迷惑をかけるような者だけにはなるな」と教えますが、本当に迷惑をかけずに生きることができるのでしょうか。
 よくよく我が身を振り返って考えてみれば、人様に迷惑をかけなければ生きることができない者が人間なんでしょう、生きるということは迷惑をかけ続けることなのでしょう。
 ある先生は「我々を存在せしめている根元の力を忘れて、自分の力だけで生きて来たと威張っているのを罪悪深重という」と教えられました。実に、そのことに気づき恥ずかしいと思う心こそが、人としての心を育むのです。ですから、仏法を聞くということは何も特別なことではなく、真の人間となる道を歩ませていただくことでもあります。
 恩を知る、それが人間にとって、もっとも遇い難きことなのではないでしょうか。
 

願いが見つかったとき、その人の人生がはじまる

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月18日(金)21時42分40秒
   お釈迦様は、今から二千五百年以上前に真理(仏法)に目覚めて仏陀(仏様)となられました。
 もともと「仏陀」という言葉には「真理に目覚めた人、そして真理に目覚めさせる教えを説く人」という意味があります。
 ですから、お釈迦様お一人が「さとった」ということだけで終わってしまうのならば、お釈迦様は「仏陀」とはいえない。お釈迦様の教えによって、他の人が「さとり」を得ることがあってこそ「仏陀」が誕生したといえるのでしょう。
 お釈迦様は、実に八万四千の法門を説かれたと伝えられております。また、その説教は「対機説法」であったといわれます。「機」というのは「人」のことです。その人に対して法を説く、つまり、同じ一つのことを伝えるために、ある人にはこう言うが、別の人には違う言い方をする。その人に対して、もっとも通じる教え方をされたということです。
 人間は顔も違えば能力も違う、感じ方・考え方も違い、誰一人として同じ人間はいません。そのことをよくよく承知の上で、お釈迦様は、お一人お一人に向き合っていかれたのです。それは、「他の人もさとりを得て共に救われてほしい」という大きな願いがあったからこそできたのでしょう。
 願いが本物ならば、どんな苦労も苦労にはならず、逆に、その苦労がいよいよ自分を磨く尊い御縁となるのでしょう。
 さて、私たちはいったい何を願いとして生きているのでしょうか。案外、自分だけのちっぽけな願いを固く握っているのかもしれません。
 しかし、このことのためならと、自分を捨てることができるほどのものに出会うのならば、その人の人生は本当に生きたものとなるのでしょう。
 

生活の中の聞法

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月18日(金)01時09分0秒
   真宗では、「聞法」つまり仏法の教え(真実の言葉)を聞くということを大事にされてきました。それが私たち真宗門徒にとって生涯の修行といっても過言ではありません。
 「聞く」ということは、日々の生活の中でも大事なことですね。といいますのも、人間は「聞く」ことにおいて学び成長するからです。だから、どれだけ自己主張をすることができるかよりも、どれだけ「聞く」ことができるかで、その人の器も決まってくるのではないでしょうか。
 この「聞く」という受身の姿勢を、もっとつきつめていえば、それは現実と真向かいになり現実をまるごと引き受けて生きるということになるのでしょう。
 私たちは、家庭・職場・地域社会など、身の回りに起こる様々な出来事に対し、どれほど眼を開いているのでしょうか。
 

お寺の法要

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月17日(木)22時53分7秒
  昔から、お寺での法要は、ご奉仕(身で行う施し)とご懇志(財による施し)によって支えられて成り立っております。つまり、それは世間の損得勘定を超えた尊い志によってこそ受け継がれてきたということでしょう。
 確かに損得勘定は生きていくうえで大事なことではありますが、ただそれだけで豊かに生きれるかといえば必ずしもそうではありません。
 仏教では「貪る人は貧しく暮らし、施す人は豊かに生きる」と教えられます。
 つまり世間の損得勘定をのみ基準として生きるならば、いつまでたっても不平不満は絶えることがないということです。不満があるから疲れた顔になるのです。どのような仕事をしてても同じことです。私たちは、働くから疲れるのではありません。不満をもって働くから疲れるのです。
 今現在、自分に与えられたあらゆるものは全て人生の材料にしかすぎません。しかし、その様々な材料を生かして、どのような人生にするかは私たち一人ひとりの課題として与えられているのではないでしょうか。
 

お寺参りに順番はなし

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月17日(木)22時28分10秒
  仏法には明日と申す事、あるまじく候う
 仏法の事は、いそげ、いそげ
        (「蓮如上人御一代記聞書」一〇三条)

 世間では、お寺参りや仏法聴聞することに、順番があると誤解しておられる方が多いようです。
 ですから、お寺参りへのお誘いをすると必ず「今は仕事が忙しいから、暇になったら参ります」とか「私はまだ、その歳じゃないから、その歳がきたら参ります」というご返事をされます。
 しかし、そういう形でずっと先送りしながら、ついに一度も仏法を聞くことなしに、命を終えていかれる方が多いことは誠に残念なことであります。
 よくよく考えてみれば、「暇になったとき」は身体が動かなくなったときかもしれませんし、「その歳がきたとき」まで生きている保証はどこにもありません。そのことは、私どもに先立って亡くなっていかれた有縁の方々から「無常」と示され「後生の一大事」として教えて下さっているのではないでしょうか。
 

仏法聞き難し

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 5月17日(木)22時01分15秒
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    それは、今から十年程前の出来事です。
 あるところで同朋会があり、法話のあと座談会となりました。
 そのとき参加されていたのは、よくお寺参りをして仏法を何十年も聞いてこられた方ばかりでした。
そんな中、一人のおばあさんが言いました。「やっぱりお寺参りして、仏法を聞かせてもらわんといかんね。真宗の教えを聞いとらん人とは、もう話にならんもんね。自分のことだけしか考えておらんというか、だいたい人の話を聞く耳をもっとらん。」
 それを黙って聞いていた、別のおばあさんが一言いいました。「あんた、そんなら聞かんほうがよかったね」
自分は、真宗の教えを聞いたということによって、聞いていない人が愚かに見えたりするのは本当の意味で聞いていない証拠なんでしょう。そのとき、すでに真宗の教えは自分を善人にする道具となっているのでしょう。「聞く」ということの難しさを思います。
ある先生は「仏法を聞くということ、それは私の思いが破られる経験です」と言われました。つまり、仏法は私の思いを固めるためにあるのではなく、私の思いを破るはたらきとしてあるんだということなのでしょう。
私たちはこれまでに様々なものを利用して、私という思いを固めてきました。しかし、そこにはいつも「不安」というものが隠れてついているのではないですか。
ある先生は「不安こそ如来なんですわ、如来が不安という形ではたらきかけておるんだ」と言われました。
 それは、私のものでないものを私のものにし、本当でないものを本当だとしている私たちのあり方が、不安という形で問われているのでしょう。
 誰でも、いのち終わるときにはすべて置いていかねばなりません。家族も財産も地位も名誉も、そしてこの身も、実は全部が借り物なんです。
 そのことが深く頷けたとき初めて、仏法を聞かせていただいたと言えるのではないでしょうか。
 

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