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お話キャラバン

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月20日(金)20時44分28秒
  このへんは雨が一滴も降ってくれない。
今朝は相棒に車で畑まで水タンクを乗せていった。いそいで水やり・収穫し、さっさと帰った。お話キャラバンがあるからね。
わたしの演目は素語り『たなばた』(中国民話)と大型絵本『きょだいな きょだいな』(長谷川摂子)だ。一生懸命やったよ。

『きょうだいな ~』は「あったとさ あったとさ ひろいのはらのどまんなか」で始まるのだけれど、子どもたちは読んだことがあるので、いっしょに唱和してくれて楽しかった。
 
 

均等に降ってほしい

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月19日(木)20時11分52秒
  雨乞いをしたいほどの酷暑だね。
野菜たちには毎朝水やりをしてるけど、「雀の涙」の感じ。やらないよりはずっといいけどね。子どものころは毎日のように夕立があった。このごろは局地的に豪雨が降る。原発なんか研究しないで、雨雲を広範囲に散らばせて降らせる研究をしてね。
 

歯科医院の予約

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月17日(火)20時45分33秒
  午後三時からがわたしの予約だった。
午後では一番かなと思って、5分早めに行くと、すでに二人待っていて、一人が治療中だった。
待っている人に予約時間を聞いたら、一人はわたしと同じ三時!もう一人は三時半。
「ええっ」と大きな声を出していたら、先生がのぞいたので、「同じ予約時間なんですけど」と言った。すると、先生が「早く来た順にやります」とおっしゃった。

それではわたしが4時になっても順が回ってこないなと思い、地獄の日照りの中、買い物をしてきた。医院をのぞいたら、まだひとりが待っていたので、買い物を家の冷蔵庫に入れてきた。

予約が3時半だという人に、「どうして早く来たのですか」と聞くと、「午後は家にいると眠くなるから」だって。おかげで、わたしの番がずいぶん狂ってしまった。

ようやくわたしの番になった時、先生は「同じ時間にまちがえて二人入れてしまって」と言った。それにしても、予約を無視して早く来た人が先に治療はおかしい。先生はわたしをさきにするつもりが「予約むしした人」が治療室に入ってしまったと言った。「先に来た人が」と言ったからだよね。わたしは「家にいると眠ってしまうから早く来たそうですよ」と教えた。こんどから予約順にやってもらわなくては。

しかし、きょうのわたしの治療はずいぶん手間も材料も使ったようだた、料金は安かった。配慮してくれたらしい。
 

朝仕事

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月16日(月)21時04分39秒
  今朝もはよから盛夏だった。
相棒と6時半前に朝ウオーキングに出発だ!
畑に寄って、水やりや草刈り・野菜の収穫に30分ほど。それからまたウオーキングコースを行った。家に着いたのが7時半。水タンクが空になったので、汗まみれのまま、今度は車で畑へ運んだ。なんやかやで約4000歩だよ。

家に着いてからのシャワーの気持ちいいこと! 極楽極楽。
着ていたものを全部洗い、頭も洗い。すっきり、生まれ変わったような清々しさなのさ。
 

買い物

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月15日(日)20時39分36秒
  隣りの県の佐貫町まで太極拳のグッズを買いに行った。
剣とシャツとズボン。先生を通して買うよりずっと安かった!
 

朝仕事

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月14日(土)20時52分37秒
  日の出からぴっかぴかの青空だ。
6時過ぎに畑へでかけたら、畑のお隣さんはもう水やりした帰りだった。
水やりした後、わたしは刈った草をナスやピーマンの根元へしいた。少しでも土を乾かさないようにね。マリーゴールドに肥料をやり、キューリ・ナス・ピーマン・トマトなどを収穫して帰った。
全身汗まみれなので、シャワーを浴び、頭も洗ったらすっきりした。そこへ、やっと相棒が起きてきた。
 

酷暑がふつうになってしまった

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月13日(金)21時04分21秒
  酷暑がつづくね。
西日本豪雨災害にあった人たちはたいへんな思いをしているね。ささやかだけど、ゆうちょで支援金を送ってきたよ。
 

ややまし

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月12日(木)21時18分41秒
  カンカン照りがないだけ、きょうはしのぎやすかった。
昨夜、ドンガラガッタ!と雷がなり、ほんのちょっと雨が降ってくれたのもありがたかったなあ。
 

あわや、熱中症!

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月11日(水)20時50分22秒
  夕方4時過ぎて隣町の図書館へ向かった。
返す本があるし、夕方の散歩をしておかないと眠れないからね。
ところが、坂を歩いていたら、ひどく疲れた。休んでまた歩きつづけた。どんどん汗をかいて心臓もどきどきしてきた。持っていた塩をなめた。ほんの少しよくなった。でも、汗がとまらない。ふだんから、わたしは汗かきだけど、3倍くらい出た。
(ああ、熱中症かな)と思った。きょう水曜日はプチ断食デーで食事してないからね。水分はたっぷりとってあるけど。図書館まで5回くらい休んだ。手前にあるスーパーに寄ってジュースをおにぎりを買って食べた。少し治った。

ほんとは途中から帰ろうと思ったのだけど、返す本が重くて、どうせなら図書館まで行こうと思った。図書館について家にいる相棒に迎えに来てくれるよう電話した。
その公衆電話がなかなかつかいにくくて、図書館の人に助けてもらった。「具合が悪いので、むかえにきてもらうんですよ」と言っておいた。その女の人は親切で、塩トマト飴を持ってきてくれた。わたしはそれをなめながら待った。

相棒の顔を見た時はほっとした。
なんだか異常に寿司を食べたくなったので、帰りに寿司を買って帰った。夕食を食べて少し横になっていたら治った。

きょうは暑かっただけでなく湿度も高かった。リュックも重くて、悪条件が重なってしまったんだな。気をつけなくては。
 

酷暑

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月10日(火)21時30分43秒
  今朝もはよから暑かった。
畑の野菜たちは水を欲しがっている様子だったけど、いそがしかったので、あすやるからね。
 

月曜日はめっちゃいそがしい

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 9日(月)21時16分15秒
  月曜日はお話キャラバンと太極拳があるので、緊張する。
きょう、わたしの演目は紙芝居『ごみしゅうしゃのシュシュ』と大型絵本『きんぎょがにげた』(五味太郎)。終わったあと、子どもたちが「ああ、おもしろかった!」とつぶやいていたので、よかった。

太極拳は剣の三十二式がむずかしい。家でDVDを見て予習するのだけれど、なかなかおぼえられない。こういうのが得意な人はイメトレでけっこう覚えてしまうようだ。苦手なわたしは人の何十倍も努力しないとおぼえられそうもない。
 

七夕会

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 8日(日)21時28分59秒
  きのうは一年に一度の七夕会で、成増にある「国際絵本原画展 イタリアボローニア」へ行ってきた。総勢、9人が集まった。そのあと、「いわさきちひろ生誕100年 LIFE展」にも行った。最後は新宿でディナー。楽しくて、家に着いたのは午後11時半だった。  

お話キャラバン

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 7日(土)09時08分54秒
  K保育園でのお話キャラバンは もりあがった。
話し手の声が聞こえないくらいになったので、子どもの顔をじっとみていたら静かになってよかった。わたしの演目は「おたまじゃくしの101ちゃん」(かこさとし)「あかいボール」(高部晴市)だった。  ユミ子より
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中島哲演さん

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 5日(木)21時08分58秒
  新聞を開いたら、なつかしい人の顔が大きくのっていた。
福井県の明通寺の住職、中島哲演さんだ。大飯原発の運転禁止を命じた福井地裁判決を名古屋高裁金沢支部がとりけした記事だ。

「原発の当否をめぐる判断は司法の役割をこえる」とかいっちゃってさ。だったら、取り消さないで地裁判決のままにしておけばいいのに。
しかも、三権分立はどうしたの?
原発の是非を判断しないで、原発推進の政府の意に沿った判決を出すのは、政権のタイコモチになりさがったんだな。

中島哲演さんはずっと反原発運動にかかわってきていて、時々新聞でおめにかかる。哲演さんがもうがんばらないでいい日本になりたいものだ。
 

いいお話

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 4日(水)20時05分0秒
  7月初めてのお話キャラバンで、わたしの演目は素語り『たなばた』(君島久子 再話)だった。いろいろな七夕話があるが、短すぎも長すぎもしないものを選んだ。やっぱり、素語りはいいね。子どもの顔を見ながだから、こちらも真剣に乗って話せる。

午後、ひこ・田中の『ロックなハート』を読んだ。ひこ・田中は女の子も男っぽく描いているような気がする。大人も子どもも対等で個性的で味が濃い。おもしろかった。

夕方、ウオーキングで本屋に寄って、今年の課題図書を見たら、松本祐子さんの『八分音符のプレリュード』があった。ちょっと前読んだらすごくよかったので、二回読み返した。天才少女と優等生少女の葛藤・軋轢が描かれていた。もうずっと前に発刊されていたと思っていたら、けっこう新しかったんだ。
 

お話ボランティア

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 3日(火)20時26分17秒
  A中でお話ボランティアをしてきた。
2年生に、「ぼくの図書館カード」(ウィリアム・ミラー 文)を読んだ。約100年くらい前の話で、アメリカで黒人差別が激しかったころの話だ。ずいぶん前、『ブラックボーイ』(リチャード・ライト)を読んで強く心に残ったが、これを素材にして書かれたそうだ。

黒人は公園・図書館などに立ち入り禁止されていたが、主人公は白人の仕事仲間から彼の図書館カードを借りて本を読み始めた。本は自由と希望への道だった。

わたしはすごく感動したのだが、やや長くて10分の時間内におさまらず、2分くらい延長してしまった。学校はいそがしいところだから、延長するとすごく申し訳ない気持ちになる。

こんどはうまく、カットしながら中学生も感動できるようにくふうしよう。
 

血管年齢

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 2日(月)20時51分53秒
  先日、『万引き家族』を見た後、無料バスの発車時刻まで間があったので、アリオの中をぶらぶらしていたら、「血管年齢測定器」というのがあった。1回200円。
喜んで測ったら、わたしも相棒も5段階のD判定。つまり、下から2番目で実年齢より10歳くらい上だった。

それでいて、「健康度」なるものはAで100パーセント。すごくいいので、このまま保ってくださいとのこと。血管年齢と健康度は関係ないのかねえ?

それはともかく、血管年齢が高いと心筋梗塞とか脳梗塞になりやすい。長生きしても寝たきりじゃあむなしいね。

「血管年齢を若返らせる方法」をしらべたら、次のことが大事らしい。
  1 葉酸をふくんだ野菜を食べる。(ニラ・ブロッコリー・小松菜など緑の濃い野菜)
  2 青い魚を毎日食べる。
  3 焼き海苔を食べる。
  4 チーズ・ヨーグルトなどの乳製品はほどほどに。
  5 チョコレートはだめ。(飽和脂肪酸をふくむから)
  6 肉料理はだめ。

もともと肉料理は食べないが、チーズ・ヨーグルトを毎日たべていたけど、在庫がなくなったらもう買わないことにした。
野菜は食べきれないほどあるけれど、濃い緑野菜がない時は買おう。青い魚は好きだから、都合がいい。コレステロールの悪名高かった以下はDHAなど不飽和脂肪酸を多くふくむということだから、これからはたまには食べることにするだ。

「死ぬまで元気」を目標に食生活をくふうするのも 、やりがいがあるぞ。
 

朝仕事

 投稿者:のら  投稿日:2018年 7月 1日(日)20時52分40秒
  朝ウオーキングのかわりに、朝仕事をすることにした、相棒とね。
1時間きっかりと決めておくと、とりくみやすい。
今朝は、わたしが遅く起きてしまったので、朝7時半から始めて八時半まで。
ゴーヤの棚を作ったり、キューリなどを収穫したり、マリーゴールドを移植したり…と、けっこうこなした。ふたりだと仕事がはかどる!

驚いたことに、「まくわ瓜」の苗を買って植えたつもりが、なんとキューリの苗だった。そうでなくも、キューリの棚は二つも作って、豊作なのに。キューリが山盛り採れたので、帰ってから3軒の家に配った。喜んでもらえてよかった。
 

万引き家族

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月30日(土)21時32分19秒
  観てきましたよ、『万引き家族』
血のつながっていないもの同士(6人)がおばあさん(樹木希林)の年金をあてにして生きているのだけれど、足りないので万引きしながら生活している。一人じゃあ生きていけない同士が、虐待されているよその子どもまで連れてきて、狭い部屋に寄り集まって生きている。
樹木希林の演技が自然で惹かれた。波打ち際で、わけありのより集まり家族五人が手をつないで波に戯れている姿をみている樹木希林の笑顔は涙がでるほど幸せそうだった。

樹木希林が死んでしまった時、葬儀のお金はないし、救急車などをよぶと、自分たちの関係が崩壊されるので、床下を掘って埋めてしまうという場面も(しかたないな)と思わせる。お父さん役のリリイ・フランキーは彼女(安藤サクラ)に、「おれが死んだら池の下にうめてくれよ」という。

子役のショウタの表情がきりっとしていて魅力的だった。最後は仮の妹・リンを助けるためにわざと万引きを見つかって逃げ、陸橋から落ちて骨折する。そこから仮の家族が崩壊していくが、五人の再出発でもあった。

リリーが前科があるので、安藤サクラ死体隠しや子ども誘拐などの罪をひとりでかぶって5年の懲役をうける。面会に来たリリーやショウタに「5年ですむなんておつりがくるほどありがたいよ」と 笑う。しみじみ、人間同士のつながりは血ではなく、心やりだと思った。
 

じいさんはとっとと退場しなさい

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月29日(金)21時10分33秒
  自民党の二階堂のじいさん、「アベ三選は確実だ」とか「今の日本には飢えている子どももいないし、素晴らしい国だ」なんてほざいている。
アベ首相の民主主義の破壊は目に余るなんてものじゃあないのに、持ちあげてどうするんだ。ここ数年で子ども食堂の増加はおびただしい。
このごろ、二十歳ちょっと過ぎた若者の残虐な犯罪が次々と起こっている。ちゃんとした環境でそだっていれば、こういう犯罪までにはならないと思う。

都合の悪いことは目に入らないし聞こえないじいさんは、とっとと政界から退場しなさい!
 

豊作

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月27日(水)21時02分54秒
  強い陽射しのために、きょうは午後5時過ぎに畑へ。ジャガイモの収穫とキューリの棚づくりにね。もっと早く作ってやった方がよかった。なぜか、野菜は支柱を立てたり棚を作ったりすると、元気になる。来年は気をつけよう。

キューリは食べきれないほど採れるようになったし、ジャガイモは畑を始めてから最高に大量だった。サツマイモのように大きかったり、V字型に太っていたり。今年は一生懸命水やりしたり、追肥したりした努力がむくわれたかな。とにかく、ジャガイモさん、ありがとう。

帰りに、漬物名人にキューリやジャガイモ・レタスなどを届けた。
 

草取り

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月26日(火)21時01分35秒
  きょうも暑かったが、畑の草が野菜を負かしそうなので、草取りをがんばった。
キューリ・スイカ・まくわ・ナス・ピーマンなどみんな元気で、これからたべきれないほど生ってくれそうだ。
 

剣三十二式

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月25日(月)20時53分7秒
  きょうは朝から死ぬほど暑かった。
午前中はお話キャラバン。午後は太極拳。とくに、有料レッスンの剣はむずかしい。先生のやり方をみてマネするのだけれど、その場はなんとかやれても、自分一人でやろうとするとできない。

家ではDVDを見ながらひとつひとつ、足の動き、剣の動きをメモして頭に入れないとだめだ。人によっては、動作の名前より流れで覚えるという。その流れをばくぜんとおぼえるのがむずかしいのだ。ひとつひとつ、きちんと覚えていかないと、自分一人ではいつまでたっても演じられない。
 

漬物名人の友

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月24日(日)21時00分24秒
  図書館へ向かって駅の近くまで行ったとき、むこうからにこにこ笑いながら近づいて来るおばあさんがいました。上品できれいなおばあさんです。よく見ると、漬物名人です。
「今年はじめておでかけしてきたのよ、お泊りで。夜はマージャンもたっぷりやれたし」とまんぞくそうです。
彼女は夫を4年間介護したそうです。一人になって、「これからラビアンローズだわ」ともいっていました。麻雀仲間や話仲間がたくさんいて楽しそうです。一人でリュックをせおって歩きまわっています。彼女と喋ると幸せな気分になれるのよ。
 

パプア秘境の旅

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月23日(土)11時03分42秒
       パプア秘境の旅
                              2018・6月2日~6日

1 ラウンジで厄落とし
 6月2日、午後4時半に家を出て成田空港へ。
 税関をぶじ通過して、出発まで時間があるのでラウンジで夕食を取ることにした。
 プラスチックの軽いトレイに寿司やサンドイッチ・サラダ・生ビールなどをのせ、(そうそう、お箸も)と箸ものせた。その時、うしろに相棒(夫)がやってきて、やはり箸を取ろうとしていた。わたしは親切にも相棒に箸を取ってやろうとした。
 ところが、わたしのひじが相棒のトレイにほんのちょっとふれたらしい。トレイはすべすべの床に落ち、ガッチャーンと大音響をあげた。人が4~5名しかいない静か~なラウンジだった。お盆はみごとなほど小さな破片になってくだけた。乗っていた寿司やサラダなどがすべすべの床に飛び散った。なぜか、生ジョッキーだけは相棒がさっと持ち、ぶじだった。
 スタッフのお姉さんたちがとんできて、割れ物を片付け、何度も床を拭いていた。わたしは相棒におこられながら何度もお姉さんたちにあやまったよ。ふ~

 それにしても普通のしっかりしたトレイならちょっとふれたくらいで落ちるかね? 第一、落ちたくらいで割れないし。やっぱ、こういうところで経費削減なんだなあ。
 再び、トレイに食べるものを用意してテーブルに着いた。ビールで乾杯しながら、わたしは相棒に、「これで旅の厄おとしになるといいね」と言った。相棒はシブイ顔でうなずいた。

2 猫ホテルで朝食

 約7時間のフライトで、午前4時ころパプアニューギニアの首都・ポートモレスビーに到着。時差は1時間。
 機内ではあまり 眠れなかった。自分のベッドでもなかなか眠れないわたしだからしょうがないね。空港で入国手続きしているのはほとんど黒人の人たちだった。世界中の観光地を闊歩している日本人の姿はなかった。わたしは、(ああ、パプアに来たんだなあ)という感慨にふけった。
 空港では黒人のラディ(Rudy)さんが迎えに来てくれた。ラディさんは20年前、浜松で3か月日本語研修を受けた後、茨木県で1年間農業研修として牧場で働いたそうだ。なめらかな日本語で助かった。パプアは英語は通じないそうだ。わたしはぺらぺらでないから関係ないけどね。
 ともあれ、空港近くのホテルで朝食をとった。
 といっても、わたしらはいつも朝食ぬきの1日二食のベジタリアンだから、ジュースくらいだ。しかし、メタボ気味の相棒はしっかり食べていた。
 パプアは平均気温30度だから、暑さ対策はしてきたけど、この朝は寒かった。ホテルの庭のプールにはだれもいなかった。南国情緒の庭を見ながらジュースを飲んでいると、とつぜん、ギャアオーのおたけび。ドドドッと食堂の天井を走る物音。ネコだ!と思い、わたしはうれしくなった。
 ところが相棒は、「客を早く追い出すためのBGMだ」といじわるなことを言う。(そんなことするかなあ)と思っている間もギャオオ、ドドドッは続いた。
 なんでもすぐ聞く癖のあるわたしはラディさんに、「あれ、なんですか」と聞きに行った。すると、やはり、猫とのこと。「その猫、見たいんですけど」と言ったら、店の人が、「天井裏だから見れません」だって。時々、庭のプールのあたりをうろうろしていることもあるそうだ。日本ならありえないね。ノラ猫たちを追い出さないパプアの人たちはいいなあ。

3 国内機でゴロカ(GOROKA)へ

 わたしらはパプアではゴロカ観光が主だ。国際空港ポートモレスビーから国内機でゴロカへ飛んだ。
 ゴロカ空港では日本人の見形明美(みかたあけみ)さんが待っていてくれた。見形さんは学生だった頃、海外で働きたいと思い、研修で知り合ったパプア人の男性と結婚してパプアに住み着いたという。
「彼のどこがよかったんですか」と聞いたら、見形さんは「若気の至りで」と 笑っていた。見形さんはパプア語が流ちょうでとてもパワフルな人で、何を聞いても明るくしっかり説明してくれた。

 わたしらは小型のワゴン車で、(相棒と見形さん・運転手さんの4人だけ)まず自然の展望台へ案内された。
 360度の展望で、遠くにうす紫色の山々が連なっている。青い空に白い雲がたなびき、日本の山頂での風景より広い感じがした。
 パプアは800もの部族を白人たちが無理にまとめて一つの国にしたので、今でも部族闘争がたえないそうだ。言語もたくさんあるからなかなか通じにくい。去年、選挙があったけれど、ちゃんとした民主主義はいきわたっていなくて、(人の国のことはいえない、日本もそうだ)だれに投票したかで、殺人事件になったという。
 見形さんは「むりにひとつにまとめられても、その後遺症は果てしなく大きい」と言っていた。

 わたしらが歩いていると、はだしの子どもたちが4~5人ついてくる。いっしょに写真をとらせてもらった。かれらの表情はものうげで哲学的に見えた。年を聞いたら、6才・7才・10才くらいだった。背は小さいけど、表情が大人のような哀愁を帯びていて心に残った。

 畑道のようなところを歩いていると、ノラ豚やノラ山羊がいた。あまり大きくはない。ノラとはいっても、人が飼っているのだそうだ。自分でえさを探して食べるのだから助かるよね。少しは飼い主もエサをやっているようだけど。鶏も自由にそのへんを歩いてエサをつついていた。日本でいえば地鶏かな。
 パプアではノラ犬をたくさん見た。つながれているのはいなかった。あまり大きくなくスリムだった。目はおだやかで、実は犬恐怖症のわたしでもこわくなかった。パプアでは緑の中に鳥もふくめて生き物であふれていてそれだけでも、ゆったりくつろげた。

 展望台の手前に30人くらいの大人が集まっていて、ビンゴを真剣にやっていた。中心になった人がなにか叫ぶと、盤に石をのせていく。先に石がうまった人に、賭けていたわずかなお金がいく。だから、みんなの顔は真剣だった。ほかのレジャーがない土地だからいいヒマつぶしかな。近くでおばあさんが焼き芋みたいな食べ物を売っていた。カジノよりずっと健康的かな。

4 マッドマン

 村に入り、コーヒーの木やサツマイモ・パイナップル・バナナなどの畑を見た。
 パプアではサツマイモが主食だ。肉や魚はほとんど食べない。高地に住んでいるので魚は捕れないしね。それでもパプアの人たちはすごく筋肉質の体だった。見形さんは、「パプアの人たちの腸にはサツマイモの繊維をタンパク質に変える腸内細菌がいるのかもしれない」と言っていた。わたしもそう思う。

 それに、サツマイモなど野菜はすべて、「肥料はノー」だからいいなあ。わたしは300坪ちかくの荒れ地を借りて畑をやっている。肥料ノーだったら、野菜は黄色く貧弱でとても食べられないので、バチルス菌入りの有機肥料や化成肥料もつかっている。肥料代はかなり高額だ。買ったほうが断然安い! しかししかし、農薬はゼロだからね。安心して食べられるし、旨い! きょうは畑へ行きたくないなあ。ゴロゴロしていたいなあと思う日でも、「水やりしないと発芽しない」「野菜が草に負けてしまう」という時は畑へ行かざるをえない。結果として、健康にはいい。畑を始めてからわたしはすこぶる健康になった。まさに、「畑さま」なのよ。
 パプアの人たちは、いわゆるわたしら文明人のような保存料や着色料などの添加物質はとらないし食べ過ぎもないから、だいたい老衰で死んでいく。死期が近づくとまわりはそうっとしておく。抗がん剤も投与されないし手術もされないから苦しまずに自然に死んでいくそうだ。
                         見学も終わり、広場の芝生の木椅子に腰かけていた。そろそろホテルに帰りたいなと思っていたら、植物の葉で作られた家の陰からあやしいものが槍を持ってヘンな格好をしながらあらわれた。よく見ると、裸の体にどろをぬりたくり、頭にヘンな顔した重そうな仮面をかぶっている。腰は乾いた葉で日本のふんどしふうに巻いていた。
 マッドマンのショーが始まったのだ!
マッドマンは腰をさげゆっくりした動作で藪かげにいると想定した敵をねらいながらやってくる。とてもぶきみだった。
 そのうち、マッドマンは二人三人…とふえていき、わたしらが腰かけている後ろからもあらわれたりしてぎょっとした。総勢7人で戦いの演技をした。焚火のまわりで踊ったり、わたしらに槍(植物でつくった穂先)で刺すまねをされたりして本気でこわかった。
 この風習は、もともと弱小な彼らの部族が敵におそわれた時に泥沼に倒れ、起き上がって敵の方を見たら、敵が彼らを魔物とかんちがいして逃げ去ったところから生まれたそうだ。

 ショーのあとは屋根だけの休憩所で『ムームー料理』をいただいた。
 焚火の中にバナナの皮をたくさん敷き、そのうえにサツマイモやそのへんに生えているシダの葉や野菜、鶏肉などを焼いたものだ。サツマイモはいろいろな種類があり、ほくほくしててこんなおいしいサツマイモは初めてだった。
 わたしの腸はサツマイモ好きで、サツマイモを食べているとお通じ満点。それで、どこへいくにもサツマイモを持参するのよ。けれど、パプアでは必要なかったね。
 とにかく、バナナの葉におおわれ水をたっぷりかけられて蒸されたムームー料理はおなかにも優しく天下一品だった。たくさん残ったので、わたしは「持ち帰ってもいいですか」と聞きたかったが、がまんした。まわりにマッドマンや子どもがわたしらの食べ終わるのを待っていたようだったから。彼らにとっても大ごちそうにちがいないものね。事実、わたしらが休憩所を出ると、彼らが残さずきれいに食べていた。

 あとで見形さんに、「ムームー料理は最高でしたね。残ったサツマイモもいただきたかったけどがまんしました」と言ったら、あっけらかんと「あら、言えばよかったのに」と言ってくれた。おみやげにしたいほどおいしかったと思われる方がよかったのかなあ?
5 あなぼこ道

 ホテルまでの道は大きな穴だらけでワゴン車は穴を遠回りしながらゆっくり進んだ。それでもがくんがくん大揺れに揺れた。数十年前の日本の田舎道もこうだったかな。
 大揺れのワゴン車の中、見形さんはよくしゃべった。わたしなら舌をかんでしまうところだ。感心しながら聞いた。
 パプアでは『呪い』がはばをきかせているそうだ。いわゆる黒魔術を信じている。だれかが死ぬと、「あいつに呪われたから」ということになりがち。
 数年前、一家四人がつぎつぎと亡くなった。ある女の子の呪いのせいだということで、女の子はつかまえられ、裸にされて火あぶりにされたそうだ。(新聞にも載ったらしい)驚きを通りこした禍々しい悲惨な事件だ。
 パプアは『精霊の島』とも言われ、目に見えない霊なるものが存在しているとは思う。日本にもね。目に見えないものの方が多いかもしれない。でも、『呪い』はいやだなあ。ほんとうのワルは身近な人より、権力の中枢にいるよなあ。だれとは言わないけど。

6 アイロンつきのホテル

 ようやくホテルについた。
 門に門番がいて門を開けてくれた。厳重だ。ホテルは山を抱えていて緑の中にあった。
 大きな葉の熱帯植物の奥からフイフイキュルルルッと野趣たっぷりの鳥の声。この鳥はホテルにいる間ずっと聞こえた。ホテルに住みついているのね。
 夕食は食堂でブロッコリーの炒め物・エビ炒めサラダ・オニオンリング・スチームライスなどをいただいた。二人で127キナ(約5千円)野菜が新鮮でおいしかった。
 部屋にもどり、シャワーを浴びたり洗濯をしたり。わたしはどこへ行っても必ず洗濯をする。翌日には乾くから。ところが、パプアでは乾かなかった。湿気が多いからかなあ。
 相棒が、「ドライヤーで乾かしたら」と言ったので、やってみた。ちょっとマシ。そのうち、相棒が、「アイロン台があるからアイロンの方が早く乾くよ」と言った。やってみたらその通りだった。アイロンを使うなんて何十年ぶりかね。若い時はおしゃれにリキを入れていたものね。

7 驚異の博物館めぐり

 翌日は見形さんの案内で博物館めぐりをした。
 中に入る前に庭に生えている植物の説明を職員からしてもらった。バナナの原種、家を作るための繊維の丈夫な植物、コーヒーの木、パイナップルの植え方などたくさん話してもらった。日本では役に立たないから、わたしは覚える気はなかったが、見形さんは興味しんしんで質問していた。

 博物館の中は一見地味だが、見形さんの説明を聞くと深い意味があった。
 死者の弔い方が独特で、死者の脳を食べる風習があった。そのためクール病になって脳がすかすかになってしまうことをイギリスのプリオンという人が発見したそうだ。つまり、狂牛病とおなじだよね。2002年には根絶したそうだけど。
 また、死者の手や指を乾燥させてネックレスなどにして飾る風習もあり、館内にも展示されていた。なんと、男性のコーガンまでネックレスにしていて仰天した。
 パプアには極楽鳥が36種もいて、パプアの人たちは極楽鳥を先祖と思い、極楽鳥風の髪飾りをつくってかぶったりするそうだ。
 死者を入れて乾かす長い篭もあった。落ちた肉を体になすりつけたり、骨を飾りにしたり…。おどろいて言葉も出なくなってしまう。
「片目・片足・片手」の半神半人をあらわす『精霊』の像もあった。
 黒魔術用のMagic Stonもあった。
 草から塩(塩化カリウム)をつくるしかけもあった。
 弓矢もあったが、今でもいざという時につかわれている。いつでも戦闘態勢に入れるように、たとえば選挙の後とかに。
 まあとにかく、日本での博物館見学とは次元の違う強烈な体験だった。

8 トレーラーが横倒しになったら、荷はみんなのもの!

 博物館から外を見ると、砂利道が大きくカーブしていた。そこへ大きいトラックがやってきた。見形さんが「あれ、横倒しにならないかな」と言って真剣に見つめた。そんな簡単に横倒しになるわけないよなと思ったら、そうでもないようだ。見形さんいわく、
「車が横倒しになって、荷物がそのへんにばらまかれると、どこからともなく人が大勢やってきてその荷を持ち帰るのよ」
チョコレート・コーラ・菓子類・雑貨・石油などなんでも。大きなトレーラーが横倒しになると、そこに集まった人用にアイスや水を売る店まででるそうだ。石油なんかを入れるためにふだんから入れ物も用意しているんだな。運転手はどこかへトンズラしてしまう。なんともおかしくマンガチックなこと。ぜひ、その場面を見たかったよ。

9 青空市場

 広い広い市場へ案内された。
 土の上に敷物をしいて、野菜や衣類・食料などを売っていた。さつま芋にもたくさんの種類があった。なにしろ、パプアでは主食だから。焼き芋がおいしいということで買った。あとで食べてみたら本当においしかった。ムームー焼きとはまた違ったおいしさだった。もちろん、日本でわたしが毎日食べているさつま芋とは雲泥の差だった。
 雨上がりだったので、下は泥だらけのところもあったが、みんな気にしないでたくさんの人が行き来していた。自分で育てたほんの数キロの芋などを一山2キネ(80円くらい)で売っていた。屋根のある所には衣類が飾られていた。市場の広さは見渡す限りというか、学校のグラウンド5個分くらいはあったかな。そこを、わたしらは靴を泥だらけにしながら歩きまわった。
 ガイドは見形さんがしてくれたけど、ほかにもう一人、ジョンさんという黒人のスタッフがわたしらの後についてきた。おのぼりさんのわたしらが現地のワルにねらわれないようにガードマンになってくれていたのだ。

10 精霊の山へ

 三日目はオプションで精霊の山へ登った。
 つきそいはきのうガードマンになってくれたジョンさんとその山の持ち主のマッドマン!
裸で泥を塗り、頭には極楽鳥ふうのかざりをかぶり、つえを持っていた。
 1700mだけど、登り始めがすでに1400mの高地なので、正味300mだけ。
 それでも細い山道や岩場があって、うっかりするとすべったり転んだりする。しかも登山靴でないので、注意して登った。あぶない岩場はマッドマンが手をかしてくれた。
 とちゅう、ジョンさんが咲いていたマリーゴールドの花を指さし、
「この花を熱湯に5分間ひたしてから目をこすると、目がよくなる。アメリカ人に教えたら、彼は2か月続けて目が治ったというメールをくれた」そうだ。
 わたしは「ほんまかいな」と思ったけど、ジョンさんは何回も言う。「ちゃんとやったら、めがねとさよならね」とも。100パーセント信じたわけではないけど、試してみる価値はあるかなと思い、日本へ帰ってからマリーゴールドの種を買い、蒔いてみた。今(6月21日現在)3センチくらいに育っている。

 とちゅう、ジョンさんは小鳥を見つけ、枝を曲げて即席の槍を作り、ぴゅっと小鳥をねらって飛ばした。あたらなかったけど、鋭い勢いだった。日本でもずっと前は子どもたちが弓やパチンコをつくって小鳥をねらったものだけど、今はスマホとゲームに熱中だ。野生の勘は限りなくゼロに近いかなあ。

 巨大な岩を登り、頂上にあがった。そこには岩穴があり、昔は家族100人くらいが住んでいたそうだ。今は土砂でほとんど埋まっていた。
 頂上からのながめは、360度の展望、遠くに濃紺の山々、群青の空に白い雲がたなびいている。すばらしい絶景だった!

11 ホテルの庭 とパプアの治安

 夕方にはホテルの庭を散歩した。
 裏手からあぶなげな橋をわたり、山道に入った。うっそうと木が茂り、だれも歩いていないからこわいくらい。もともと山歩きがすきなわたしらで、歩き心地はよかったけどね。南国情緒たっぷりの山で、厚く大きい葉が茂り、緑が濃かった。
 山道をあがっていくと、コンクリートの道になった。別荘のような、ホテル関係者の家のような建物に何軒も行きあたった。どこまでホテルか私有地か区別がつかない。人もいて、「こっちへ来ないで!」という動作もされた。
 ホテルの門の方まで下がっていくと、そこは厳重な門があって、門番がいた。彼に、わたしら二人の写真を記念に撮ってもらった。

 パプアの治安はよくなくて、旅行者だけでは歩けないのが残念だった。結果、ホテルの庭山散策でガマンいうことになったわけ。

12  11人の登山隊

  わたしらより一週間早くパプアニューギニアに入り、そこで一番高い山(4700mくらい)に登っている日本人がいた。若い女性3人をふくめて11人の一行だという。帰りのフライトが同じだというので、会えるのを期待して待っていた。

 帰りは、ゴロカ空港から国内機で首都ポートモレスビーの国際空港まで飛んだ。
 そこで11人に会えた。ツアーの募集で集まった人たちなので、知らない人同士がほとんどらしかった。女性二人は友だち同士でよくしゃべっていた。二十代の人もいて、わたしが、
「そんなに若いうちにパプアの4000メートル級の山を登るなんてすごいというか、しあわせですね」と言ったら、「ふだん一生懸命はたらいて質素に暮らして、お金を貯めているんですよ」とのこと。
 今回12日間の旅で約38万円支払ったという。山を登るときは、一人にガイドとつきそいがついたそうだ。岩場などはしっかり手をひいてもらったので危険ではなかったって。つまり、11人×3で総勢33人の登山だったんだなあ。

 おじさんたちはリタイアした人が多かった。仕事の関係で海外にいる方が多いという人がいらっしゃった。弁士のように流ちょうにさまざまな体験をおもしろく語ってくれた。ところが、わたしは具体的に何一つおぼえていないのがふしぎ。しゃきしゃきとよく動くおじさんの顔をじっと見ていたから、顔はよくおぼえているけど。

13 帰国

 ゴロカ空港で予定時間よりすいぶん長く待った。成田行きの飛行機に間に合うかしらと心配したが、ぎりぎりで飛行機が到着した。
 なんとゴロカ空港では初めてだというジェット機だった。(今まではプロペラ機)
 ほっとして乗りこんだら、わたしのチケットの番号の席がない! まわりの人はどうだったか、席はけっこうすいていたので騒がず、そのへんの席に座った。チケットの座席番号は関係なかったのね。

 それからめでたく無事にポートモレスビー空港に到着。
 ポートモレスビーを発ったのは午後早かったので、成田空港へ到着したのは午後8時半。夜中のフライトは辛いけど、日中でよかった。成田線に乗って家に着いたのが午後十時過ぎ。
 赤道に近いパプアでは寒いくらい涼しかったのに、日本へついたら暑かった。

ともあれ、初日のトレイひっくり返し事件以外、たいしたトラブルがなく、無事わが家に帰還できてよかったよかった。

P.S ホテルで最後の夜、酒を飲んでパプアの精霊について大ゲンカし、二人とも一睡もできなかったことをのぞいたら花丸。



 

ちがいますわ

 投稿者:かも@店長  投稿日:2018年 6月22日(金)22時17分43秒
  ブロカ、ではなくてゴルカですがな!
どこが似ているんだか?
 

片付け

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月21日(木)20時56分21秒
  今回の大阪地震の教訓で、わが家のキッチンを片付けた。
食器棚の上に秤や箱などをやまづみにしていたけど、食器棚の中身を精選して棚の上の物を入れ、棚の上はからっぽにした。
思い出深い物だらけだけど、思い切って捨てた。ふ~
 

今さらどのツラさげて

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月19日(火)21時20分3秒
  加計幸太郎がやっと公衆の面前に出てきて、「首相とは会ったことはない。何十年来の付き合いだから仕事の話はしないことにしている」だと。それが真実ならなんでもっとはやく言わないのだ!今までずっと言い訳を考えていたんでないかい。
たとえ仕事の話はしなくてもおたがいソンタクでまわりもソンタクで獣医学部設立を進めたんでないかね。
それに、加計氏とアベ首相は親戚らしいけど、報道機関はそれをいわない。わたしが世話になっている歯科医はそちらにくわしいのだが、「ふたりは親戚なのにメディアは報道しない」と言ってた。政治をまるっきり私物化しているヤツラに天誅を!
 

お話キャラバン

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月18日(月)20時22分26秒
  今月のお話キャラバンもきょうで終わり。
わたしの演目は絵本「のせて のせて」と大型絵本「そらまめくんのべっど」。前はうまくいかなかったけど、きょうは失敗を生かしてがんばった。子どもたちも集中して聞いてくれてよかった。
 

関八州見晴台

 投稿者:のら  投稿日:2018年 6月17日(日)20時02分32秒
  約一か月ぶりに山へ。関八州見晴台へ。
梅雨時できょうは晴れるという予報だったけど、一日中曇りで霧が濃かった。まあ雨が降らないだけよかったね。うっそうと茂った若緑の木々が濃い霧の中にたたずんでいる姿は幻想的で幽玄の世界だった。たまにはいい。
 

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